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メモ用紙を貼っ付けるコルクボードです。主に感想・雑文用。感想系はネタバレあるんで注意。

コキュートス(コダマナオコ)雑感

 まずこちらをご覧下さい。あ、アフィじゃないんで安心して踏んでくれていいです。

 

コキュートス (IDコミックス 百合姫コミックス)

コキュートス (IDコミックス 百合姫コミックス)

 

 

 二人の女の子が背中合わせに座っています。少し暗めの印象を受けますが、非百合オタの男性にも受けそうな、かわいらしい絵柄ですね。

 今月発売された百合姫の新刊です。

 その名も『コキュートス』。

 聞きなれない言葉です。

 どういった意味なんでしょうか。

 ちょっと調べてみました。

 

 コーキュートスはギリシア神話において、地下世界(地獄)の最下層に流れる川で、「嘆きの川」を意味する。元来は「悲嘆」を意味している。

 『神曲』の地獄において最も重い罪とされる悪行は「裏切り」で、地獄の最下層コーキュートス(嘆きの川)には裏切者が永遠に氷漬けとなっている。(Wikipedeaより)

 

 

 ※注、百合漫画です。

 

 なんておどろおどろしいタイトルをつけてやがる……!

 このタイトルから想像できる通り、漫画の内容は重いです。しかも『お互いの好きを確認しあって最後は結ばれる』という百合マンガのお約束的展開からは外れていますし、この単行本には2編の中編が収録されていますが、両方ともあまりすっきりしない終わり方ですので、ハッピーエンド絶対主義者の方には向かないかもしれません。

 百合が持つ狭義の意味である、女の子同士の恋愛はちゃんと入っています。しかし、その恋愛感情にはもれなく、なんというか、それ以外の感情が付きまとってきているんですよね。「好きです」「んじゃ付き合いましょう」が簡単に成立する世界じゃない、というか。例えば表題作の『コキュートス』では主人公はクロネコさんに好きであるという感情と共に憧れや畏怖や嫉妬なんかがない交ぜになった感情を抱いていますし、『モラトリアム』に関しては、「友達としての好き」が昇華されなくてもうなんなんだこいつらって感じの腹の探り合いに陥っています……っていうか、普通の百合漫画だったら「伊月は……好きな人……とか、いる?」の次のページでハッピーエンド迎えてます。両方とも精神的にグサグサくる話です。

 そんなわけで人を選ぶと思います。個人的に言えば好きな感覚、作風です。いや、すいません。嘘をつきました。めちゃくちゃ好きです、こういうの。

 過去作を読んだことがある方で、『残光ノイズ』や『邂逅エフェクト』という短編が好きだという方は迷わず買いです。あと女の子のジト目を見ていると幸せになるという方にもお勧めです。七分開きの素晴らしいジト目を描かれます。

 と、まぁ、以上のように「かわいらしい絵柄なんだからそのままかわいらしい話を描けばいいのに」とか思われてそうな漫画家さんですが、実は絵柄相応のかわいらしい話も描かれています。単行本でいうならば、『レンアイマンガ』・『残光ノイズ』*1などがそういった傾向の話です。結構器用な作風の方みたいです。

 

 簡単な紹介が終わったところで、以下、『コキュートス』のネタバレ感想交じり読解。

 

 

 「好き」という感情にさまざまな感情が伴っている。そんな複雑に絡み合っている感情が表現されているのが、この短編の好きなところです。

 主人公である椎名は自分がクラスからはみ出さないように無難に生きていることにとても自覚的で、だからこそ自分が出来ない生き方をしているクロネコさんに惹かれたわけですが、椎名がクロネコさんに抱える感情はそれだけではありません。

 

正直クロネコさんが怖くなった。核弾頭みたいに真実だけ投下してくる恐れを知らないクロネコさんに凡人の私はついていけない。少しのごまかしもしないで生きていくなんて。私には無理だ。(p45)

 

傘もささず嵐のど真ん中に立ち続けるみたいな生き方をどうして続けるんだろう。そんなクロネコさんが怖いけど、同時にすごく妬ましいとも思った。(p53)

 

 クロネコさんと仲良くなった長くはない時間のなかでこれだけのことを感じています。

 椎名は、確かにクロネコさんのことを好きなんでしょう。そもそも周りなんか気にしないように生きている純粋さに椎名は惹かれたわけで、特別な関係を持った切っ掛けも椎名がクロネコさんを押し倒したからです。教室で、キスしたことをばらされ、一時は身を引いたわけですが、再びクロネコさんに近づいてこの前の続きをしようと持ちかけるわけですし。物語のラストでクロネコさんとの行為に至る直前の独白にも、

 

やましくて、好きだから触れたいとは言えなかった。(p56)

 

 と、あります。

 ただ、ここで気になることが。

 そもそもどうして椎名はクロネコさんのことを押し倒したのでしょうか。

 クロネコさんの生き方に惹かれたからって押し倒す必要はありませんし、それまでに椎名がクロネコさんに惚れた描写は見られません。*2

 思うに、椎名はクロネコさんの中に超人的でない部分を見つけたかったのではないでしょうか。誰にでもあるようなものをクロネコさんの中にも。だからあのシーンではクロネコさんが生理であるということが発覚して一息つきますし、椎名も生理だということで変な親近感を持つにいたります。そうして、クロネコさんの中にある『普通』探しは一端は終わります。

 しかし、椎名は、この物語のラストでもう一度、クロネコさんの中の、純粋でなく、怖くもなく、自分にもあるものを見つけようとするのです。

 

今日は? 先までできるの?(p55)

 

 さてその試みは成功したのでしょうか。

 行為の後、椎名は猫に餌をあげるクロネコさんを見てこんな風に言います。

 

(この猫全然なつかない、と言われて)

ははホントだ。気高いね。なんかクロネコさんみたい。(p61)

 

 次のコマでクロネコさんが衝撃を受ける様子が描写されています。続いて意を決したように言い放ちます。

 

私は……椎名さんを好きになったよ。(p63)

 

 それに対する椎名の独白がこちら。

 

絶対に真実しか言わない彼女の言葉。その重みが圧し掛かってなぜか泣きそうになった。(p64)

 

 繰り返しますが、椎名はクロネコさんのことを好きなはずです。自分にできない生き方に惹かれて関係を持つまでになりました。しかし、それだけではない感情がここに来て浮き彫りになっています。好き、という感情の周辺に蔦のように絡みつく嫉妬や畏怖や打算などなど。

 このとき椎名は何を考えていたのかを突き詰めていくとすごく面白いです。好きなんだから相手からも「好き」と言われて嬉しかったのだろうけど、その「好き」を自分が受け止められそうもないことをどこかで感じ取っているのかもしれません。自分の好きはクロネコさんのような純粋な好きではないということを自覚しているのかもしれませんし、これからもクロネコさんと付き合っていくことの難しさなどで辟易しているのかもしれません*3

 また、コキュートスというタイトルから考えると、クロネコさんを裏切ったやましさから素直に喜べないとも読み取れそうです。

 それらの感情の行き着く先は果たして何になるんでしょうか?

 憧れ? 嫉妬? 畏怖? 恋慕? それともそれら全てがない交ぜになって、なんだか割り切れない感情をずっと抱えていくことになるのでしょうか?

 たまんないですね。

 こういうカオスで簡単に吐き出せない感情を描いている話って本当に好きです。

*1:短編集なのでさまざまな作風のものが収録されている

*2:尺とか話の都合だなんてそんな悲しいことは言わないで下さい

*3:あの短期間であれだけ付き合いづらさを感じたのだから